最初の違和感

不登校

娘が学校へ行けたり行けなかったりする「五月雨さみだれ登校」の状態になる一ヶ月ほど前のことです。
今振り返れば、あれが最初の明確なサインだったのだと思います。

最初の「あれ?」はお腹の痛みから。

繰り返される「お腹が痛い」

異変は、塾へ行く時間が近づくと決まって現れました。
娘が「お腹が痛い」と訴え始めたのです。

最初は特に疑うこともなく、「無理をさせてもいけない」と考えて、私の方から塾へ欠席の連絡を入れていました。
しかし、それが二度三度と重なり、ついには塾の日になるたびに毎回「お腹が痛い」と言うようになりました。

サボりへの疑念と、目の前の現実

正直なところ、最初は「塾に行きたくないから、仮病を使っているのではないか」という疑念がありました。いわゆる「サボり」を疑ったのです。

けれど、娘は毎回トイレに長時間籠り、なかなか出てきませんでした。
その様子を見ていると、どうやら本当に痛みがあるようでした。
ただの嘘にしては、あまりにも体調が悪そうなのです。

心配になり病院へ行くことを勧めましたが、娘はそれも頑なに拒否しました。

積み重なる「お休み連絡」の負担

親としては、決して安くない塾の月謝が無駄になってしまう焦りがありました。
それに加えて精神的な負担となったのが、塾への欠席連絡です。

毎回、出発直前に「今日は休みます」と電話を入れる。
その繰り返しが、次第に私の心を重くさせていきました。
電話の向こうの先生に対して申し訳ないような、恥ずかしいような、言葉にできない居心地の悪さを感じていました。

当時はまだ、これが不登校の前兆であるとは夢にも思っていませんでした。
ただ、原因のわからない体調不良と、予定通りに進まない日常に、静かに追い詰められていた時期でした。

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