不登校の暗黒期。娘を責め、自分を責め、周りを羨んでいたあの頃の私へ

不登校

こんにちは、ふわりです。

今の私は、不登校という経験を通して「普通」を手放し、親子で自分らしい生き方を見つけることができました。
でも、最初からそんな風に思えていたわけではありません。

娘が完全に学校に行けなくなった時期、私は出口のない真っ暗なトンネルの中にいました。
今日は、私が「暗黒の時代」と呼んでいる、あの頃のドロドロとした苦しい気持ちを、ありのままに書いてみたいと思います。

1. 「なぜ行けないの?」娘を責めてしまう怒り

当時の私は、娘に対して強い怒りを感じていました。

「何で行かないの?」「何がそんなに気に入らないの?」

口を開けば、娘を問い詰める言葉ばかりが出てきました。

勉強が嫌なら、勉強しなくていい。

ただ、学校に行ってクラスの椅子に座っているだけでいい。それすらできない娘が理解できず、「わがままを言っているだけではないか」と責める気持ちが止まりませんでした。

「普通に学校に行く」という、たったそれだけのことが、なぜ娘にはできないのか。

朝、布団から出てこない娘の背中を見るたびに、私の心はイライラと悲しみで爆発しそうでした。

2. 「私のせいなの?」自分を責める終わりのない問い

娘を責める一方で、矛先は自分自身にも向いていました。

「私の育て方が悪かったの?」

「もっと厳しくしつけをすべきだった?」

「それとも、もっと自由にさせてあげればよかった?」

原因を探しては、これまでの自分の子育てを一つひとつ否定する毎日。

「私はちゃんと母親をやっていたはずなのに!」という自負と、「でも、現実に娘は学校に行けていない」という事実の間で、心がバラバラになりそうでした。

自分のこれまでの人生すべてを否定されているような、そんな感覚。

「いいお母さん」だと思われたかった。

その執着が、自分をさらに追い詰めていたのだと思います。

3. まぶしすぎる「普通」の子たちへの嫉妬

外に出れば、制服を着て元気に登校する同級生の姿が目に入ります

SNSを開けば、学校行事を楽しそうに報告するママ達の投稿が流れてきます。

「あの子たちはいいな。普通に学校に行けて」

「あのお母さんは、不登校のこの苦しみを知らなくていいんだな」

よその家庭が、キラキラとした別世界に住んでいるように見えました。

普通に朝起きて、普通に学校へ行く。

そんな当たり前の日常を手にしている人たちが、たまらなく羨ましくて、妬ましくて。

そんな醜い感情を抱く自分もまた、嫌いになっていきました。

お風呂は、唯一「泣ける場所」

昼間はパート先で平静を装い、家では娘に対してイライラをぶつけたり、逆に腫れ物に触れるように接したり。

そんな毎日の中で、唯一自分に戻れるのが、夜のお風呂の時間でした。

シャワーの音にかき消されるようにして、一人で声を上げて泣いていました。

「どうしてこうなっちゃったんだろう」

「いつまで続くんだろう」

涙が枯れるまで泣いても、明日のも同じことを繰り返すのか……

朝が来るのが嫌で嫌でたまりませんでした。

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