教室の隅に寄せられた、娘の机。中3・担任が変わった年

放課後の誰もいない教室で、隅に寄せられた一つの机を見つめる母親のイラスト 不登校・教育

こんにちは、ふわりです😊
ご覧いただきありがとうございます。

学校・担任の先生とどう付き合ったか、今回は中3編です。

ちょっとモヤッとする場面も出てきますが、人間ですのでご容赦ください(笑)。

担任が変わった

中3に上がるとき、担任の先生が変わりました。

さすがに3年連続で同じ先生、ということはなかったです。

新任の先生で、引き継ぎはあったと思いますが、娘とは初対面。

4月に私だけ学校へ向かい、ご挨拶をしてきました。

積極的に関わるタイプではなく、連絡は控えめな方でした。

娘とその先生が初めて顔を合わせたのは、6月の進路の三者面談。

新学期から2か月以上経って、ようやく、でした。

娘の机が、教室の隅にあった

その6月、娘の教室に入ったとき。

ひとつだけ、端に寄せられた机がありました。

娘の机でした。

2年までの先生は、一番後ろとはいえ、ちゃんと列に付けてくれていました。

でも新しい先生は——娘と面識がなかったからか、教室が狭かったからか——娘の席を、教室の角、壁にぴたりと付けていました。

(えっ……端っこ。邪魔だったのかもしれないけど、それはちょっと、ないんじゃない……?)

びっくりして、そして、悲しくなりました。

「ああ、娘はこのクラスの一員じゃないんだ」と、突きつけられた気がして。

今思い返しても、あのときの切なさが、ふっとよみがえってきます。

修学旅行の返金も、忘れられていた

「もしかしたら行けるかも」と、修学旅行の積立はずっと続けていました。

でも、中3の5月の修学旅行にも、娘は行けませんでした。

行けなかった生徒には返金があると聞いたので待っていたのですが、いつまでも連絡がありません。

9月の進路面談のときに担任に聞いてみると——

「あぁ、7月にありましたよ〜」

えっ。初耳なんですが。

「連絡、いただいてないような……」

「そうですか。旅行会社に連絡したら、返金あると思いますよ」

あっさり。

内心は「えぇ〜!」と叫んでいましたが、笑顔でプリントを受け取りました。

モンペだと思われたくなくて、つい言えない——不登校親あるある、かもしれません(苦笑)。

でもこの日から、「学校の情報は、自分から取りに行こう」と心に決めました。

放置されることにも、メリットはあった

忘れられがちだった娘ですが、悪いことばかりでもありませんでした。

登校をうながすプレッシャー、高校受験、進路を急かされるプレッシャー。

そういうものが、ほとんど来なかったんです。

正直、学校から毎日連絡が来ても、私は「変わりないです」としか言えません。

それはそれで気が重いし、めんどうだなとも思っていました。

中学校は別世界のことと、自分から切り離していました。

そして娘は——私からの圧は、別として(笑)——あれこれ急かされなかったぶん、のびのびと、自分のペースで少しずつエネルギーを取り戻していきました。

今でも、ちょっとだけ、モヤりは残っています(笑)。

だけど、それも1つの通過点ですよね。

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