こんにちは、ふわりです😊
ご覧いただきありがとうございます。
今日は、授業参観とPTA活動のお話です。
登校していないのに、授業参観に行く
ビックリしますよね。
娘は行ってないのに、親だけ参観に行くって(笑)
中2の話です。
コロナとの共存が見えてきて、社会活動が少しずつ解禁されてきた頃。
中1では中止だった授業参観と学級懇談会が、開催されました。
どんな授業をしているのか知りたかったし、
修学旅行の積立の説明会もある。私は、参加しました。
一番後ろの、空いている机
教室では、みんな真面目に授業を受けています。
そして、一番後ろ。
ひとつだけ、ぽつんと空いている机。
その対比に、胸が締めつけられました。
娘に、ここにいてほしかった……。
学級懇談会では、保護者が一人ずつ挨拶をします。
私の番がきて、こう言いました。
「娘は通っていませんが、また登校したら、仲良くしてください」
……正直、言わなくてもいいのにねぇ(笑)
私、ちょっとマゾかもしれません。
でもこの頃はまだ、不登校になって半年くらい。
登校を諦めきれなくて、どこかにある細い糸を、必死で探していました。
私が、娘の代わりに学校へ行っていた
PTAは、我が家は免除されていました。
お知らせも来なかったので、配慮してもらえたんでしょう。
(今、PTAを頑張っているお母さん、本当にお疲れさまです。
不登校ママ友には「子どもより学校行ってるねん😂」なんて人もいます)
ありがたい——はずなのに、正直、少し複雑でした。
免除されると、まるで娘が「いないこと」にされているみたいで。
そして中学は、子どもが行かないと、情報がまったく届かないんです。
受験のこと、進路のこと。
社会から取り残されていくような、置いていかれるような。
当時の私は、つながりが欲しくて、必死でした。
今、思うこと
こうして振り返ると——
当時の私は、「娘を学校に戻すこと」ばかり考えていました。
だから、娘が行かない学校に、私が代わりに通っていたんですね(笑)。
参観も、挨拶も、情報集めも、全部「戻すため」。
でも今は、思うんです。
不登校の解決は、「元の場所に戻ること」じゃなかった。
娘が、自分の足で、自分の人生を歩き出すこと。
それが、本当のゴールだったんだ、と。
……まあ、それに気づくのは、もう少し先の話なんですけど。

